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大阪高等裁判所 昭和55年(ラ)79号 決定

事件

抗告人

佐藤繊維株式会社

右代表者

佐藤安男

右代理人

清水伸郎

(大阪高裁昭五五(ラ)七九号、昭和55.3.14第二民事部決定、抗告棄却)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨と理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

記録によると、抗告人は昭和五四年九月一三日と二〇日の二回に亘り破産者三益株式会社(以下「破産会社」という。)に対し、代金支払期限納品後一二〇日、破産の申立がされたときは期限の利益を失う約でニット原糸を売渡し、合計一七三万円の売掛金債権を有するに至つたこと、破産会社はその頃沢田周毛莫株式会社に対し抗告人から買受けた右商品を転売して引渡し、転売代金債権を取得したこと、その後昭和五四年一一月二八日破産会社に対し大阪地方裁判所に破産の申立がされ、同裁判所は右申立を認容し、昭和五四年一二月一〇日午前一〇時破産宣告をしたことを認めることができる。

抗告人は破産会社に対し破産の宣告があつた後でも動産売買の先取特権に基づく物上代位権により破産会社の第三債務者沢田周毛莫株式会社に対する転売代金債権を差押えて転付を受けることができる旨主張するが、右主張は以下の理由により採用することができない。

民法三〇四条一項但書において先取特権者が物上代位権を行使するには金銭その他の物の払渡又は引渡前に差押をすることを要するものとしている趣旨は、物上代位権の対象となる債権を特定するためだけではなく、あわせて物上代位権の存在を公示し取引の安全を保護するにあるものと解するのが相当である。よつて、先取特権者が物上代位権を行使するためには先取特権者自身による差押(仮差押を含む。以下同じ。)を優先権保全の要件とするものであり、先取特権者は自ら差押をしてその物上代位権の存在を公示することにより、はじめて第三者にその優先権をもつて対抗することができるものといわなければならない。

ところで、破産者が破産宣告の時において有する一切の財産は破産財団に属することになり、破産宣告後に破産財団に関する財産に対して権利を取得し又は対抗要件を具備しても破産財団ひいてはその代表機関である破産管財人に対抗することはできないのであるから(破産法五四条、五五条)、先取特権者は破産者の第三債務者に対する売掛代金債権を破産宣告前に差押えないかぎり、破産財団ひいては破産管財人に対し右売掛代金債権について物上代位権による別除権の行使を主張することができないものというべきである。

前記認定事実によれば、破産会社の第三債務者に対する前記転売代金債権は破産会社に対する破産宣告により破産財団に属することになつたものであるところ、抗告人は破産宣告前に右転売代金債権を自ら差押えていないことが明らかであるから、その先取特権に基づく物上代位権を破産財団ないし破産管財人に対抗することができず、従つて、その物上代位権の行使として破産管財人を相手方として右転売代金債権の差押を求めることはできないものといわなければならない。

よつて、原決定は相当であつて本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(川添萬夫 吉田秀文 中川敏男)

【抗告の趣旨】

原決定を取消し更に相当な裁判を求める。

【抗告の理由】

一、原決定

抗告人、相手方間の大阪地方裁判所昭和五五年(ル)第四一一号債権差押命令申請事件、同年(ヲ)第四五四号同転付命令申請事件につき、同裁判所は本件申立を却下する旨の決定をした。

二、原決定の理由

原決定の理由とするところは、次のとおりである。すなわち、民法三〇四条一項が先取特権による物上代位権行使の要件として第三債務者の弁済前に差押をなすことを要する旨規定している趣旨は、公示方法の存しない物上代位権の行使により第三債務者が被るであろう不測の損害を防止するところにあり、その理は第三債務者以外の第三者にも妥当するものである。従つて、同条は第三者である破産債権者のために差押の効力を生じる破産宣告の場合にも類推適用され、物上代位権者はその物上代位権を行使するためには破産宣告前に差押え又は仮差押えをしておかなければならないところ、本件においては破産宣告前に差押えがなされていないことは明白であり、仮差押えがなされた事実も主張立証されていないので本件申立はその要件を欠き却下を免れないというのである。

三、原決定の不当性

1 原決定は先取特権に基づく物上代位権行使の要件としての差押は、第三債務者に対する公示の手段であり、その理は第三債務者以外の第三者にも妥当するとして、結局動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使するためには、先取特権者が目的物の売却代金債権について第三者から差押を受けたり、第三者に譲渡もしくは転付される前に自ら差押えをなし、公示方法を備えることが必要であると解するものの如くである。

そして、右原決定の解釈の根底には、大正一二年四月七日の大審院民事連合部判決(民集二巻二〇九頁)の考え方、すなわち、先取特権等の担保物件は本来目的物の滅失によつて消滅するはずのものであり、民法が物上代位により目的物の代償物の上に担保物権の効力を及ぼさせたのは担保物権者を保護するための特別の措置であつて、担保物権者はその効力を維持するためには、自ら差押えをする必要があるとする考え方が存在するものと推測される。

しかしながら、右のような連合部判決及び原決定の考え方は、物上代位の本質を見誤つたものと言わざるを得ない。

そもそも先取特権等の担保物権は目的物の交換価値を把握し、これを優先弁済に充てる権利であるから、目的物が何らかの理由で金銭その他の価値代表物に変形した場合にはその価値代表物の上に効力を及ぼすものであり、右のような物上代位の制度は担保物権の価値権的性質の本質に根ざすものである。そして、物上代位の要件としての差押えは、優先権を保全するためになされるものではなく、金銭その他の価値代表物が債務者の一般財産の中に混入されてしまうことがないようにするため、すなわち、価値代表物の特定性維持のためになされるものなのである。(同旨、我妻・新訂担保物権法二八五頁以下、抽木・高木・担保物権法(新版)二七九頁以下、林・注釈民法(8)・一〇一頁、抽木・西沢・注釈民法(9)五〇頁以下、谷口・民法学3・一〇四頁以下等)。

従つて、差押えるべき売買代金が未だ破産財団に混入していない本件の場合、抗告人による差押、物上代位権の行使は当然認められるべきものと言わねばならない。

2 仮に、物上代位の法的構造及び代位の要件としての差押えの趣旨につき、前記大審院連合部の判決の考えに従うとしても、そこから直ちに本件のような破産宣告後の差押えが物上代位の要件を欠くものと言うことはできない。すなわち、連合部判決の事例は、抵当権者が差押をする前に一般債権者が差押え、転付命令まで得てしまつていたものであり、そのため右判決は転付命令により債務者の責任財産から逸失した火災保険金債権は、物上代位の客体となり得ないと判断したのである。

その反面、右判決は転付命令や債権譲渡等により債権が移転する前に一般債権者の差押えと抵当権者等の差押えが競合した場合は、抵当権者等の物上代位による優先権の行使を認めたものと考えられる(同旨吉野・ジュリスト増刊民法の争点一四〇頁)。そこで本件の場合破産債権者のために差押の効力を生ずる破産宣告がなされた後であつても、代位の目的たる代金債権につき転付、譲渡等の事実が存在しない以上、一般債権者に優先する先取特権の効力保存の要件である右債権の差押を禁止する理由にならないと思われる。

実質的に考えても、本件のような自己破産の申立による破産宣告がごく短期間になされる場合、担保物権者が破産宣告前に差押、仮差押をなし得る余地は少なく、それにもかかわらずあくまで宣告前の差押、仮差押を要求するときは、破産法九二条が特別の先取特権者に別除権を与えた趣旨が全く没却されてしまうものである。

また、破産宣告があつたとしても、破産管財人の第三債務者に対する債権の差押えを認めることで第三債務者に不測の損害を与えることにならないことも明らかである。〈以下、省略〉

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